2008年11月17日

中判カメラ

【中判カメラ】中判カメラは、ブローニーフィルムを使用するカメラのことで、初心者向けではなくプロやハイアマチュアがよく使うカメラとなっている。フィルムがリーダーペーパーと一緒に巻かれている120フィルムやリーダーペーパーがなく、フィルムの長さが120フィルムの倍である220フィルムを用いるのが一般的で、高画質でロールフィルムを使えるところが根強い人気となっている。初心者でも手軽に扱えるカメラよりも重いというのが難点だった中判カメラも最近では、自動露出機能を搭載したり、軽量化に成功した製品もあり、新たなユーザーを獲得しているようだ。

2008年09月11日

ハイスピードカメラ

【ハイスピードカメラ】ハイスピードカメラは、高速現象を撮影するカメラのことでハイスピードシャッターカメラと混同されることが多いようですが、1秒間に30枚画像を撮影する通常のビデオカメラと比較し、1秒間に数100枚~数万枚の高速撮影が可能なカメラのことを指します。一般的に目にするハイスピードカメラの映像は、スポーツ番組で見ることが多いでしょう。ぎりぎりのプレーの時にその瞬間を確認するために使われたり、競馬中継などのゴールの際、1着がどちらか肉眼ではわからない場合でもハイスピードカメラなら確認することができます。また、自動車の衝突安全性の試験などに使われることもあり、車が衝突する時に車に乗っている人に与える影響について見ることが可能になりました。その映像は、スローモーション再生による分析によって利用価値が上がるもので、解像力を重視する映画やCMの現場などでも活躍しています。

2008年04月04日

監視カメラ

【監視カメラ】監視カメラは、その名前の通り監視を行うカメラのことで防犯を目的としていることが多く、銀行などの金融機関、商店などの天井に設置されていることが多いようです。金融機関の場合は強盗などの監視・記録が目的で商店の場合、万引きなどの記録が目的のようです。警備会社の警備システムと連動しているものも多く、これは不審者があった場合、即座に警備会社へ連絡が行くというしくみになっており、敏速な対応が期待できます。また、原子力発電所など人が入ることができない難しい場所に設置することで機械の異常などを監視する役割も果たしています。銀行などの監視カメラは犯罪者を映し出していることが多く、犯人逮捕につながるケースが多々あります。最近では商店街のアーケードなどに設置されていることも多く、町の防犯に一役かっているのです。また、監視カメラは防犯目的だけではなく、自宅に設置しインターネットなどを通してリアルタイムに見ることができるものもあり、留守中のペットの様子を見るために導入している人も増えているようです。

2008年01月18日

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富士フイルム

【富士フイルム】富士フイルム株式会社は、精密化学機器の製造販売を行う日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1934年に「富士写真フイルム株式会社」を設立。大日本セルロイド株式会社の写真フィルム部を分離して出来た会社でした。写真フィルム、印画紙など、写真に必要な材料の製造を行うことから始まり、1938年頃から精密光学機器部門へも進出するようになりました。その後も次々と関連会社を立ち上げ、「富士ゼロックス」や「フジノン」なども同系列の会社でその中でも細かく分類されています。例えば、カセットテープ・MDなどのオーディオ記憶媒体部門を担当しているのは「AXIA」ブランドになります。現在では、写真フィルムはもちろん、一眼レフカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ、DVDカメラ、複写機を始めとするOA機器など、幅広い展開を見せています。また、 液晶ディスプレイに使用される偏光層保護フィルムについては世界で80%ものシェアを誇っている、世界的にも有名な企業となっています。

二眼レフカメラ

【二眼レフカメラ】正式名称である二眼レフレックスカメラは、2つのレンズがあり、1つはファインダー用で、もう1つは撮影用となっています。通常縦に2つ並んでいることが多く、ファインダー用のレンズでピントを合わせて撮影する形となります。1929年にローライ社から発売された「ローライフレックス6×6」が世界で初めての二眼レフカメラだと言われています。日本では1950年にリコーから販売された「リコーフレックス III」が二眼レフブームの火付け役となったようです。構造が複雑でないため、製造も簡単、故障しにくい、軽量ということで値段も安く、一般家庭にカメラが広まるきっかけとなりました。その単純な構造から、各社形状に差はなく質もほとんど同じでしたが、マミヤから販売された「マミヤCシリーズ」は、二眼レフカメラで唯一、レンズ交換が可能という特徴を持った二眼レフカメラを製造・販売することに成功し、注目を集めたのです。

京セラ

【京セラ】京セラ株式会社は、電子機器・光学器械の製造販売を行っている日本の企業です。1959年に「京都セラミツク株式会社」を設立。ファインセラミックスを専門に扱う会社でした。1982年に事業の多角化に伴い「京セラ株式会社」に社名変更し、翌年、カメラメーカーの大手「ヤシカ」を吸収合併したことで、カメラ部門が出来ました。電子部品、ファインセラミック製品を始めとする太陽光発電、プリンター、複写機、複合機、カメラ、デジタルカメラなどを扱う、幅広い事業展開を見せており、近年では携帯電話やPHSの開発・製造にも力を注いでいます。また、プリンター、複写機、複合機部門は、2002年に、関連会社である「京セラミタ」に移管されました。その他の活動では、1994年に、「京都パープルサンガ(現在の京都サンガF.C.)」のスポンサーを務めるようになり、地元密着の経営を行う方針を取っています。2006年には、 大阪ドームの命名権を取得しました。

一眼レフカメラ

【一眼レフカメラ】正式名称である一眼レフレックスカメラは、1つのレンズから入ってきた映像を鏡などで反射させ、フィルムに焼き付けるカメラのことを言います。一眼レフカメラは1861年にトーマス・サットンによって考案されたと言われており、1885年にカルビン・レイ・スミス社から発売された「パテント・モノキュラー・デュプレックス」が初の実用一眼レフカメラとされています。そして、各社さまざまな研究・開発が進められ、1890年代には数多くの一眼レフカメラが販売されました。一眼レフカメラは、ファインダーから覗いた景色を、そのまま写すことができ、シャッター速度や絞りを調整することで仕上がりが変わってくることから、奥の深い世界だと言われています。また、状況に応じて調整ができることから、臨機応変な写真を撮ることができるのです。日本ではかなり早い時期から一眼レフカメラが輸入されていましたが、国産初の一眼レフカメラは1952年に旭光学工業から販売された「アサヒフレックスI」でした。

レンズ付きフィルム

【レンズ付きフィルム】カメラ本体に最初からフィルムが内蔵されているもので、レンズの付いた使いきりタイプのカメラのことを言います。一般には「使い捨てカメラ」と呼ばれるものですが、言葉の響きが悪いということからメーカー側が新しく提案したこの名前が定着しつつあるようです。撮影が終了したらカメラごと現像所へ渡すもので、決して自分で分解してフィルムを取り出すものではありません。使用方法は一般のカメラと変わらず、性能もかなり良いため重宝されています。1986年に富士写真フイルムから販売された「写ルンです」が日本初のレンズ付きフィルムで、販売当初は画期的なものとして注目を浴びました。誰にでも簡単に撮ることができるカメラとして、現在では観光地には必ず売っている商品となりました。カメラを忘れた人などに向けて販売されることが多く、コンビニエンスストアの必須商品にもなっています。ストロボ付きのものや、日付が入るものもあり通常のカメラと同等の商品として根強い人気があります。

リコー

【リコー】株式会社リコーは、事務機器、光学機器の製造販売を行っている日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1936年に「理研感光紙株式会社」を設立。陽画感光紙の製造・販売を行う会社でした。1957年に国内初のカメラの大量生産体制を確立し、「大河内記念生産賞受賞」を受賞。1960年にはカメラ事業の他に、事務機用オフセット印刷機の開発・製造に成功し、第1号機となる「リコーオフセットB4」を販売すると、一気に印刷機の事業を広めて行きました。当時、株式会社リコーの営業マンは印刷機の販売に向けて、都内のビルで見かけない日はないという程、虱潰しに営業を行っていたため「販売のリコー」と呼ばれるほど積極的に営業を行っていたと言います。そして1963年に「株式会社リコー」に社名変更し、各地に工場を設立して行きました。その後も小型複合機やファクス、レーザープリンター、一眼レフカメラ、デジタルカメラなど、幅広く事業展開し現在に至ります。

ライカ

【ライカ】エルンスト・ライツ光学機器製造会社は、光学機器の製造販売を行っているドイツの企業です。ドイツの有名カメラメーカーで、1913年に設立し、35mmフィルムを採用した小型カメラの名称「Leitz Camera(ライツ社のカメラ)」が略されて「ライカ」となりました。1925年に第1号機として「ライカI(A)」の開発・販売に成功した後も、レンズやカメラに搭載される技術開発に余念がなく、世界が認めるカメラでした。そのため、日本のカメラメーカーも大きく影響を受けたと言われています。そして1972年に「ミノルタカメラ株式会社」と提携し技術交換などを行いました。エルンスト・ライツ光学機器製造会社が外国の企業と提携するのが初めてだったことで、この提携は世界から注目を浴びました。ライカは目覚しい活躍を見せ、一流のカメラメーカーとして君臨していましたが、1970年代に他社が一眼レフカメラ事業へ移行していく中で、ライカは出遅れてしまいました。そして2000年代にはデジタルカメラ事業への出遅れという決定的なダメージを受け、経営危機に直面したのです。しかし、愛好者が多いことから日本では2006年に世界初の直営店が銀座に開店したのです。

ヤシカ

【ヤシカ】株式会社ヤシカは、精密機械・光学器械の製造販売を行っていた日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1949年に「八州精機株式会社」を設立。カメラの研究・開発に力を注ぎ、かなり早い段階で自社製品を次々にヒットさせて行きました。1958年に社名をそれまで「八州(ヤシマ)のカメラ」の略称として使用してきた「ヤシカ」を使った「株式会社ヤシカ」に変更し、輸出にも積極的に取り組み、国内販売・輸出共に首位に立っていたのです。1966年に電子制御式レンズシャッターカメラである「エレクトロ35」シリーズを販売すると、「ローソク一本の光でも写る」「落としても壊れない」というキャッチコピーで一躍人気を集め大ヒット商品となりました。電子技術を使用したカメラの開発・製造に主力を置き、1974年にドイツの光学機器製造会社「カール・ツァイス」と提携しました。しかし、徐々に他社の勢いに押される形となり1983年に、電子機器・光学機器の大手企業である「京セラ株式会社」に吸収合併されました。

ミノルタ

【ミノルタ】ミノルタ株式会社は、精密機器の製造販売を行っていた日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1928年に「日独写真機商店」を設立。「ニフカレッテ」を第1号機として販売し、1931年に「モルタ合資会社」に社名変更しました。そして、1937年に社名を「千代田光学精工株式会社」に変更し、国産初の二眼レフカメラ「ミノルタフレックス」を販売することに成功しました。その後も開発・研究に力を注ぎ35ミリカメラ「ミノルタ35」を販売すると、35ミリカメラを主力に製作して行きました。そして、「ハイマチック」が宇宙飛行用カメラに採用されたことで、一躍世界に名を広めたのです。しかし、1987年にハネウェル社からオートフォーカス技術の特許侵害で約1億ドルの和解金を支払うことになり、近年デジタルカメラが主流になって来ると、他社から遅れを取ってしまい経営が悪化して行きました。そして2003年に「コニカ株式会社」が事業子会社を設立し、ミノルタ株式会社を「コニカ株式会社」の子会社として統合。「コニカミノルタホールディングス」が発足され、新たなスタートを切ったのです。

マミヤ・オーピー

【マミヤ・オーピー】マミヤ・オーピー株式会社は、光学機器の製造販売を行う日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1940年に設立した、「マミヤ光機」と1948年に設立し、1961年に社名変更をした「オリムピック釣具株式会社」が1992年に合併して誕生したマミヤ・オーピー株式会社は、2006年に光学器械関連部門をコスモ・デジタル・イメージング株式会社へ営業譲渡しました。その光学器械関連部門である「マミヤ光機」のカメラ技術は、1940年に、バックフォーカシング方式の連動焦点式スプリング・カメラ「マミヤ6」を発売し、1949年には超小型カメラ「マミヤ16」の開発に成功し、16mmフィルムを使用した非常にコンパクトなカメラとなりました。1957年には、世界初の二眼レフカメラ「マミヤCシリーズ」を開発し、ポラロイド撮影の可能なレンズ交換式という画期的なカメラの発売に成功しました。しかし1984年に、主要株主だった大沢商会グループが倒産すると「マミヤ光機」も影響を受け、一眼レフの製造を撤退したのでした。

ポケットカメラ

【ポケットカメラ】16mm 幅、13×17mm のフォーマットのカートリッジフィルムを使用する小型カメラのことを言います。1972年に「コダック」から販売された「ポケットインスタマチック」が世界で最初のポケットカメラとされています。ポケットに収まるサイズということで注目を浴び、他社でも開発が進められました。タバコよりも小さなサイズということで人々の関心を引き、ズームレンズなどの周辺機器も販売され、盛り上がりを見せたのですが、画質が不十分であることと、35mmカメラとカラーフィルムの普及により人気が低迷していったのでした。現在、日本で「ポケットカメラ」と言うと任天堂から発売されていたゲームボーイの周辺機器をイメージする人の方が多いかもしれません。これは、ゲームボーイにセットして使用するデジタルカメラで、撮影した画像をゲームのキャラクターとして使用するなどの目的で作られたものです。

ペンタックス

【ペンタックス】ペンタックス株式会社は、光学機器の製造販売を行う日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1919年に「旭光学工業合資会社」を設立し、1938年に「旭光学工業株式会社」を設立し、1952年、国産初の35ミリ一眼レフカメラ「アサヒフレックスI」を発売することに成功すると、一躍脚光を浴びるようになりました。2年後には改良を進めた「アサヒフレックスII型」の開発・販売を進め、国産初の35ミリ一眼レフカメラとして、注目を集め、翌年、「旭光学商事株式会社」を設立。近年では、デジタルカメラと関連商品、医療用内視鏡、光学モジュール、特殊レンズなどの開発・製造に取り組み、それまで超えられなかった「ニコン」や「キヤノン」に並ぶ商品を輩出することに成功しています。特に、小型軽量化されたデジタルカメラは人気を呼び、2006年に発売された「K10D」については、予想を上回る売れ行きだったそうです。

ファインダー

【ファインダー】カメラののぞき窓のことを言います。ピントを合わせたり構図を決めたりするために必要なもので、カメラの種類によって形態が異なります。デジタルカメラのファインダーは、液晶画面などが採用されていて、背面などに設置されていることが多いようです。被写体をリアルタイムで確認することが出来るため、仕上がりの具合を事前に確認できる優れものです。しかし、天気の良い日などは画面が見にくいというのが欠点となっています。そこで、その欠点となっている画面の見にくさを改善したものが「EVF」というもので、日本語では「電子ビューファインダー」と言います。従来のカメラのファインダーのような形状をしていますが、覗いて見た時に見える映像は液晶などによって映し出されたものであるというものです。近年、開発が進められ市販されるまでに至ったのですが、解像度が低いなどの問題点があるため、今後も改良が進められていく分野となっています。

ピンホール・カメラ

【ピンホール・カメラ】レンズを使わずに撮影できるカメラのことで、簡単に作れるのが特徴です。針の先で開けたような小さい穴をレンズ代わりに撮影しますが、作り方は箱の内側を黒く塗り、一面に感光素材を貼り、反対面にピンホール(針穴)を開け完成です。ピンホールは撮影する前は、箱の中に光が入らないようにふたをしておきます。撮影方法は、被写体の前にこのピンホール・カメラを設置し、ピンホールにしておいたふたをはずすし、決めた時間まで箱を動かさずに待ち、時間になったら再びピンホールにふたをします。これで撮影は完了で、あとは暗室で現像するだけです。非常に簡単な手法で作成することができ、撮影も簡単ですが、ピント合わせなどができないため被写体とカメラの距離を測ったり、ピンホールの穴の大きさを調整するなど工夫が必要になってきます。そのため、非常にやりがいのある撮影方法とも言えるのです。出来上がった写真は味のあるものになるでしょう。

パノラマ・カメラ

【パノラマ・カメラ】広域にわたる被写体を1枚の写真に収められるカメラのことを言います。パノラマ・カメラは大きく分けてレンズ固定方式、レンズ回転方式の2種類あり、その2種類をそれぞれ更に詳しく分けることが出来ます。まず、レンズ固定方式は、通常のレンズに特殊なミラーやレンズを取り付けた「ミラー方式」と、フレーム自体が横方向へ幅広い「ワイドビュー方式」があります。「ミラー方式」は、360度の視界を得られる為、全方位の撮影が可能です。また、レンズ回転方式はカメラが水平に360度回転し、レンズの状態に応じてフィルムが巻き取られるよう、フィルムの前に縦のスリットがある「フィルム式」と、「フィルム式」のフィルムをCCDなどに置き換えた「電子式」などがあります。1990年代にコンパクトカメラが主流になった時に、このパノラマ切り替え機能が搭載したものも多く販売されました。コンパクトカメラのパノラマの場合は、上下のフレームをトリミングして広域の被写体を撮影することになり、それを通常サイズに引き伸ばしている形になるのです。

ニコン

【ニコン】株式会社ニコンは、光学機器の製造販売を行う日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1917年に設立し、「日本光学工業株式会社」としてプリズム双眼鏡やオペラグラスの製造・販売を主体とした会社でした。翌年から光学ガラスの製造研究に取り組み、1921年にはドイツ人技術者を招き入れ、更に研究を進めました。そして数々の顕微鏡を製造しながら、1930年にガラスの精密焼鈍研究を成功させました。写真レンズの商標を「ニッコール」(NIKKOR)と決定し、1946年には小型カメラの商標を「ニコン(NIKON)」に決定しました。そして、初の小型カメラ「Nikon I型」を発売したことで一気に有名になったのです。その後も光学機器の研究・開発は進められ、1980年に日本初の半導体や液晶ディスプレイの製造に用いる露光装置の製品化に成功するなど目覚しい活躍を遂げているのです。また、眼鏡のレンズの研究にも取り組んでおり、子会社化して眼鏡の関連商品や補聴器の開発、製造を行っています。

デジタルカメラ

【デジタルカメラ】撮影したデータをフィルムではなく、デジタルデータとしてフラッシュメモリなどの記憶媒体に記憶するカメラのことを言います。略して「デジカメ」と呼ばれることが多いです。現在、ファインダーを覗くタイプはほとんどなく、レンズが付いている反対側に液晶ディスプレイが設置されていて、それを見ながらシャッターを切るという方法が多いようです。パソコンなどの電子機器が普及したことで、それまで使っていたフィルム式のカメラからデジタルカメラに買い換える人も多く、デジタル処理を簡単にできるということで、デジタルカメラの需要は大きくなっています。撮った写真を液晶ディスプレイで即座に確認することができ、不要な写真はすぐに削除することもできる便利なカメラとされています。また、デジタル処理が可能なことから簡単にパソコンなどで編集することもできます。しかし、液晶ディスプレイに反映されるまでに時間がかかることからぶれやすいという欠点があります。

セルフタイマー

【セルフタイマー】カメラのシャッターボタンを自動的に切る機能で、撮影者自らがカメラに写ることができるものです。大きく分けて機械式と電子式があり、ゼンマイでタイマー制御を行いシャッターを切るというのが「機械式」となっています。現代のデジタルカメラでは遅延時間が10秒程度の製品が多いとされています。また、使用方法は、集合写真などで、変わりにシャッターを押してくれる人がいなかった場合などに撮影者も一緒に写る時に使用されますが、手ぶれを防止したい時にも使用される機能です。使用方法は大体、セルフタイマーのボタンでセットしてから、シャッターボタンを1度押し、一定の時間後にシャッターが切れるという仕組みになっています。一眼レフカメラなどの場合は、後付のものもあります。現代のコンパクトカメラには標準装備されていることが多く、リモコン式のものも販売されています。しかし、このリモコンタイプのものはセルフタイマーとは呼びません。

ストロボ

【ストロボ】カメラの発光装置のことを言います。「フラッシュ」などとも呼ばれていて、1931年に、ハロルド・エドガートン博士によって開発され、実用化されました。ストロボは、アメリカのストロボリサーチ社が商標登録している名前であることから一般に広まっていますが、各カメラメーカーではその名前が使用できないことから「エレクトロニック・フラッシュ」などと呼んでいるところもあります。ストロボは、周囲が暗い場合や被写体を明るく見せたい場合などに使用するもので、一瞬の光を発し被写体を照らす役割を持っています。その場合、被写体のみに光が当たってしまうため、不自然な仕上がりになることもあり、自然な光に見せたい場合は「レフ板」などに反射させて使用することもあります。現代のコンパクトカメラなどには「オートストロボ」と呼ばれる自動調光機能が搭載されているものがほとんどで、被写体からの反射光を測定することによって自動的にストロボ機能が作動するしくみになっています。

シグマ

【シグマ】株式会社シグマは、光学機器の製造販売を行っている日本の企業です。1961年に「有限会社シグマ研究所」を設立。35mm一眼レフカメラ用テレコンバーターを製造・販売する会社でした。その後も一眼レフカメラ用交換レンズを主力に経営を進める会社です。1970年に「株式会社シグマ」に社名を変更し、レンズメーカーとして君臨しながらも、一眼レフカメラやカメラ関連商品などの開発・販売も行っています。近年では、超音波モーターや手ぶれ補正機構の技術も取り入れたカメラも生産しており、デジタルカメラに対応するレンズの研究も進められています。海外へも進出し、世界的にも有名なカメラ用レンズメーカーとして扱われています。また、名前が似ている「シグマ光機株式会社」と業務提携が組まれていると思われがちですが、全く関係ありません。最近では、一般家庭に向けたコンパクトデジタルカメラの開発にも力を注いでおり、世界初のAPS-Cサイズの撮像素子を搭載したものの開発に成功しています。

コンパクトカメラ

【コンパクトカメラ】35mmフィルムおよびAPSフィルムを使った小型なカメラ、つまりコンパクトなカメラのことを言います。ピント合わせや絞り調整が必要なく、カメラに詳しくない人にも簡単に撮影することができるカメラとして一般家庭に普及しました。1977年に小西六写真工業が「コニカ C35AF」を販売したのが世界初のオートフォーカスと言われており、これがきっかけで「ジャスピンコニカ」という愛称で売り出し成功しました。また、使い捨てタイプのレンズ付きフィルムも、コンパクトカメラの一種です。コンパクトカメラを最初に作り出したのは「ライカ」だと言われており、世界各国のカメラメーカーがこぞって研究・開発を行いました。その種類は多く、手に入りやすい安価なものから高性能機能が搭載されている高級なものまで幅広く販売されています。シャッターボタンを押すだけで誰でも撮れることから「ばかちょん」と呼ばれ親しまれてきました。

コンタックス

【コンタックス】コンタックスは、光学機器の製造販売を行っていた日本の企業です。「京セラ株式会社」から販売されるカメラのうち、光学レンズにカール・ツァイス社製のレンズを使用しているカメラを販売する時に用いられていたブランド名です。1974年にドイツの光学機器メーカーである「カール・ツァイス社」が「ヤシカ」と提携し、「ヤシカ・コンタックス」として活動をしていましたが、1983年に「ヤシカ」が「京セラ株式会社」に吸収合併されたため、「京セラコンタックス」となったのです。基本的には、カール・ツァイス社のレンズは高級カメラにしか使用されず、そのためコンタックスの名が付いたカメラは高級であるという認識になりました。しかし、一般家庭向けに作られた「Tシリーズ」と呼ばれるコンパクトカメラも販売し、「T3」が最後の機種となりました。また、「Tix」は唯一のAPSカメラでしたが、定価120,000円と、やはり高級なものでした。2004年、「京セラ株式会社」が事業縮小を発表し、翌年にはカメラ事業から撤退し、コンタックス事業は終了となりました。

コニカ

【コニカ】コニカ株式会社は、写真用フィルムの製造販売を行っていた日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1873年に「小西六兵衛店」が写真用品の取扱いを開始したことで始まりました。そして1879年に「小西本店」を設立。1903年に国産初の印画紙とマガジンカメラである「チェリー手提用暗函」を販売したことで注目を浴びるようになりました。1940年に国産初のカラーフィルムを販売。会社名も「小西六写真工業株式会社」となり、目覚しい活躍を遂げて行きました。その後、一般家庭向けに簡単に撮ることのできる「ピッカリコニカ」や「ジャスピンコニカ」などのコンパクトカメラの開発・販売に成功し、日本中の家庭にコンパクトカメラを浸透させることになったのです。カセットテープ・ビデオテープの販売も行い、幅広い事業展開を見せて行ったのですが、2003年に事業子会社を設立し、写真機・複写機の製造・販売を行っていた「ミノルタ株式会社」をコニカ株式会社の子会社として統合。「コニカミノルタホールディングス」を発足し、新たなスタートを切ったのです。

コダック

【コダック】コダック株式会社は、写真関連製品などの製造販売を行っているアメリカの企業です。1880年に設立し、「あなたはシャッターを押すだけ、あとは当社にお任せください」という言葉をキャッチコピーとしており、日本には1889年に進出しました。1888年にKODAKカメラの製造・販売に成功し、一般家庭にカメラを普及させる基盤となったのです。そして、「低コストで大量生産」「国際販売」「大規模広告」「お客様重視」という基本原則に従って事業を展開して行きました。1889年に透過性商用ロールフィルムの販売に成功すると、プロのカメラマンからアマチュアカメラマンまで幅広い層に大きな影響を与えました。コダック株式会社は、カメラ用のフィルムや映画用フィルム、医療用X線フィルムを主力とし、デジタル画像機器なども扱っています。1986年に複合商社の長瀬産業株式会社と統合して「コダック・ナガセ株式会社」を設立しましたが、3年後に提携関係を解消しました。

キヤノン

【キヤノン】キヤノン株式会社は、精密機器の製造販売を行う日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1933年に「精機光学研究所」を設立し、翌年、試作機である「カンノン」の製造に成功し、「アサヒカメラ」6月号に掲載され話題を呼びました。「カンノン」という名は、観音教信者であった創設者によって付けられたもので、千手観音のマークが付けられました。また、レンズの名前「カシャパ」というのも、ブッダの弟子の名前が参考にされたそうです。一躍脚光を浴びるようになったのですが、太平洋戦争が始まり、カメラの開発・製造は中断されました。しかし、会社再興へ努め1947年、「キヤノンカメラ株式会社」として新たなスタートを切ったのです。1960年代には、電卓、複写機などの開発・製造にも試み、総合的な映像情報処理機器メーカーを目指し、「キヤノン株式会社」と社名を変更したのです。それからは、さまざまな事務機器、デジタルマルチメディア機器などの製造・販売に取り組み、現在に至ります。

カシオ

【カシオ】カシオ計算機株式会社は、精密機械・光学器械の製造販売を行っている日本の企業です。1946年に「樫尾製作所」を設立。顕微鏡の部品や歯車などを作る下請け工場でした。創業者は、自分の兄弟と共に工場で仕事をこなしながら計算機の開発に力を注ぎ、1954年、世界初の機械的機構のない小型純電気式計算機「14-A」の開発・製造に成功しました。そして4兄弟で「カシオ計算機株式会社」を設立。その後も計算機の開発に取り組み進化させて行きました。カシオ計算機株式会社は計算機を主力としてきましたが、1980年に、「カシオトーン」という電子楽器を販売し、2年後には8bitパーソナルコンピュータを販売。幅広い事業展開を行うようになりました。そして1983年に、腕時計「G-SHOCK」を販売すると爆発的な人気を集め、大ヒット商品となったのです。カメラ部門については、1987年、同社初の電子スチルカメラ「VS-101」の開発・製造に成功し販売に至りました。1995年、世界初の液晶モニターつきデジタルカメラ「QV-10」を販売したことで、カメラメーカーとして注目を集めるようになったのです。

オリンパス

【オリンパス】オリンパス株式会社は、精密機械器具の製造販売を行う日本の企業で、有名なカメラメーカーです。1919年に設立し、顕微鏡事業と体温計事業を主体とした会社でした。日本で初めて工業的な手法で顕微鏡を製作した人物と共に株式会社高千穂製作所を立ち上げたのです。そして翌年、同社第1号となる顕微鏡「旭号」の製造に成功し、「トキワ」の名で売り出されました。その後、ギリシャ神話の神々が住む山オリンポス山から由来した「オリンパス」の名を使用するようになるのです。1934年からカメラレンズの研究に取り組み、1936年にプラウド社から供給されたセミプラウドボディーにズイコーレンズを搭載した「セミオリンパスI型」の製造に成功し、販売に至りました。1949年に正式に「オリンパス光学工業株式会社」と改称し、翌年には胃カメラの試作1号機を完成させることに成功しました。それから、開発は進められ現在では一眼レフカメラやデジタルカメラなど、さまざまな精密機器の製造・販売に取り組んでいます。

オートフォーカス

【オートフォーカス】カメラのピント合わせを自動化した機能のことで、一眼レフカメラでは「ミノルタ」(現在のコニカミノルタ)、コンパクトカメラでは「コニカ」(現在のコニカミノルタ)が世界で初めてオートフォーカスを搭載したと言われています。そのことからも、日本が得意とする分野でしたが、1987年に、このオートフォーカスを巡ってアメリカで訴訟を起こされてしまったのです。それは、「ミノルタ」が販売した一眼レフカメラで、「ハネウェル社」が自社の特許を侵害していると言い出したのです。「ミノルタ」はそれを認めずオリジナリティを主張したのですが、訴訟大国アメリカの手法に勝つ事はできませんでした。そして、100億円を超えるとも言われる和解金を払うことになったのでした。近年販売されているカメラ全般には標準的に装備される機能で、高機能デジタルカメラでは、人間の顔を察知する機能がついているものなどが販売されています。

インスタントカメラ

【インスタントカメラ】撮影した写真を撮った直後にみることができるカメラのことを言います。また、「ポラロイドカメラ」と呼ばれることもありますが、これは世界で初めてインスタントカメラの開発・製造に成功した「ポラロイド社」の「ポラロイド・ランド・カメラ」の通称で、インスタントカメラ全般を「ポラロイドカメラ」と呼ぶ由来となったのです。それまでは、写真というものは撮影し終えた段階でフィルムを現像し、写真にするというものだったため、撮ったその場で見ることができるというインスタントカメラの出現は、その時代の人々に大きな感動を与えました。1948年に「ポラロイド社」が販売したことで、カメラメーカーはインスタントカメラの開発・製造に乗り出しました。その後、富士フイルムから1981年に「フォトラマ」が販売されました。そして2000年に入ってから「インスタックス(チェキ)」が販売され、大ヒット商品となったのです。現在でも多くの女性を中心に人気を集める商品です。

アーセナル

【アーセナル】国営工場アルセナールは、光学・電子機器の製造販売を行っているウクライナの企業です。1764年に兵器を製造する工場として設立し、光学機器、航空ミサイルなどさまざまな兵器が作られてきました。1917年頃から兵器以外のものも製造するようになり、1947年に「Contax」のカメラを製造するようになりました。1957年には、スウェーデンのハッセルブラッド1000Fの後継機を製造販売し、ヒット商品になりました。また1970年には、東ドイツの「Pentacon Six」を改良して作られた「Kiev-6C」の開発・販売をすることに成功したのです。国営プラントとして経営をしている国営工場アルセナールは、測定機械器具、電子応用機械器具などの研究・開発に取り組み、発展を遂げている企業です。また、コンパクトカメラの製造にも取り組んでおり、「KIEV-19M (35mm)」、「KIEV-35A」などが代表作になっています。